空っぽになった1967年の香港~牛頭角下邨
2010年 09月 26日
“僕の子供の頃の香港を見せてあげる”
そう言って主人が私をその場所に連れて行ってくれたのは
結婚が決まった頃の、ちょうど旧正月前の冬の日でした・・・・
香港のことをさほど知らなかった私は、当時その場所がどんな場所か分からず
ただ主人に手をひかれるままにバスを降りて、見上げたのでした。
“古い建物だなぁ・・・”
と思いながらその建物のすぐ下にある小さな店舗脇の道を歩くと
ひしめきあうように、肩を寄せ合うように立ち並ぶ小さな小さな店には
あまり触れたことのないような、私の知らない香港の世界が広がっているようでした。
暗黙の指定席があるような小さい茶餐廳
旧正月の飾りで店内が見えないような雑貨屋さん
香ばしい匂いが充満している小吃の店
古いのか新しいのか、色々な衣料品がかかる日用品売り場
“見るのは楽しいけれど、1歩踏み込むには勇気がいる”
そう感じたのは、その建物の古さのせいなのか・・・
それともそこに生きる人たちの深い深い見えぬ絆のせいなのか・・・
牛頭角下邨
当時すでに上邨は姿を消していて、この下邨の取り壊しを控えていた数年前
1967年に建てられたこの団地は
部屋もとても狭く、現在実際に生活をするのには手狭すぎるとも言います。
“僕の子供の頃は、香港はみんなこんな風だったんだ”
その下邨の中を歩いている私には、
主人の昔の香港が、自分の知らぬ時代の香港が・・・ただただ新鮮で衝撃的でした。
人がいなくなり
店舗がなくなり
人気がまったくなくなったこの下邨
私はこうやって変わり行く姿を見つめ
写真や映像で在りし日の姿をひとつひとつ確認するのみ・・・
そんな中見た下邨のこの映像と写真
建物や人の“その頃”の姿を垣間見れるだけでなく
あらためて感じました。
映像や写真って、写し手の“想い”をちゃんと織り込むものなのだと。
“私もこんな作品残せたらいいなぁ・・・”
技術も大切だけど、やっぱり心が通うことが一番見るものに感動を伝えるもの
この人は何を想いながらこの作品を作ったのだろう・・・
牛頭角下邨
あの旧正月前の姿・・・・今でも鮮明に覚えています。
私も丁寧に紡いでおこう・・・・私の知る香港を
誰かの心に温かいものを燈せるように・・・・
ポチッと応援なでなでしてください
看板娘です
そう言って主人が私をその場所に連れて行ってくれたのは
結婚が決まった頃の、ちょうど旧正月前の冬の日でした・・・・
香港のことをさほど知らなかった私は、当時その場所がどんな場所か分からず
ただ主人に手をひかれるままにバスを降りて、見上げたのでした。
“古い建物だなぁ・・・”
と思いながらその建物のすぐ下にある小さな店舗脇の道を歩くと
ひしめきあうように、肩を寄せ合うように立ち並ぶ小さな小さな店には
あまり触れたことのないような、私の知らない香港の世界が広がっているようでした。
暗黙の指定席があるような小さい茶餐廳
旧正月の飾りで店内が見えないような雑貨屋さん
香ばしい匂いが充満している小吃の店
古いのか新しいのか、色々な衣料品がかかる日用品売り場
“見るのは楽しいけれど、1歩踏み込むには勇気がいる”
そう感じたのは、その建物の古さのせいなのか・・・
それともそこに生きる人たちの深い深い見えぬ絆のせいなのか・・・
牛頭角下邨
当時すでに上邨は姿を消していて、この下邨の取り壊しを控えていた数年前
1967年に建てられたこの団地は
部屋もとても狭く、現在実際に生活をするのには手狭すぎるとも言います。
“僕の子供の頃は、香港はみんなこんな風だったんだ”
その下邨の中を歩いている私には、
主人の昔の香港が、自分の知らぬ時代の香港が・・・ただただ新鮮で衝撃的でした。
人がいなくなり
店舗がなくなり
人気がまったくなくなったこの下邨
私はこうやって変わり行く姿を見つめ
写真や映像で在りし日の姿をひとつひとつ確認するのみ・・・
そんな中見た下邨のこの映像と写真
建物や人の“その頃”の姿を垣間見れるだけでなく
あらためて感じました。
映像や写真って、写し手の“想い”をちゃんと織り込むものなのだと。
“私もこんな作品残せたらいいなぁ・・・”
技術も大切だけど、やっぱり心が通うことが一番見るものに感動を伝えるもの
この人は何を想いながらこの作品を作ったのだろう・・・
牛頭角下邨
あの旧正月前の姿・・・・今でも鮮明に覚えています。
私も丁寧に紡いでおこう・・・・私の知る香港を
誰かの心に温かいものを燈せるように・・・・
ポチッと応援なでなでしてください
看板娘です
by mangonaoko
| 2010-09-26 00:26
| 香港文化