私が香港カフェへ行き始めた理由
2015年 05月 26日
数年前まで、特に日本に住んでいる頃カフェってちょっと遠い存在でした。
“カフェが好き”
時間がある中、ちょっと気になるカフェに足を運ぶようになりました。
こんなに“思いがけない”言葉をかけられたことは人生初だったかもしれません。
最初に何の計画があったわけではないけれど、
失去之後才懂得珍惜
週末に珈琲やケーキを楽しむことは何度もあったけど、
たいていが近所で行ける大手コーヒーショップがほとんど。
東京にだってお洒落で特徴のあるカフェは星の数ほどあるのだけれど、
じゃぁ行ったことがあるかと聞かれたら、おそらくゼロに近いかもしれません。
地下鉄で行けばすぐなのに
行こうと思えばそんな時間はすぐ作れるはずなのに
でもほとんど行かなかったのはなんでだろう。
カフェの値段が大手コーヒーショップより高いというのもあるけれど、
やはりそこまでの気持ちがなかった、というのが1番の理由でしょう。
行けば楽しいけれど、まぁ別に行かなくてもいい。
そんな風に思っていると、数年なんてあっという間に過ぎるものなのです。
“カフェが好き”
という言葉自体に、自分とは無縁のような雰囲気を感じていたあの頃。
100%居心地がいいわけでも、100%美味しいわけではないけれど
カフェ値段で決して安くない・・・そういうイメージだったのかもしれません。
その後東京を離れ香港での生活がスタートし、
次へのステップのため時間に余裕がある時期がありました。
自分のために勉強をし、色々な意味での充電期間。
Googlemapを見ながら、いつも行かない場所に行くこともありました。
でも・・・その理由は実は「時間があるから」ではなかったのかもしれません。
そしてある日、日本に住む従姉妹の結婚祝いを買いに行こうと思ったことがありました。
香港を知らない人に香港らしい品物をプレゼントする・・・・実はちょっと難しいもの。
頭をひねりながら思いついた店は中環にあったものの、少々行くのがめんどくさい。
そんな時に思いついた、西貢にもたしかショップがあったはずということ。
西貢が特別近いというわけではないけれど、人が多い中環に行くよりは・・・
と、気づいたら西貢行きのミニバス乗り場に向かっていたのでした。
茶餐廳とは当然ながら雰囲気が異なるカフェ。
香港は常に人が多くてせわしない場所が多いのですが、
それでもタイミングと場所によっては快適な空間が手にはいるものです。
メニューを見て気に入った品を注文し、席で過ごすしばしの時間。
まだ午前中だったせいか、さほど人が多くないカフェ。
やったとばかりに、店内にいた女性スタッフに思わず声をかけてみました。
私は広東語より國語のほうが楽なので、相手が多少國語を話せると会話が弾みます。
そんな國語と多少の広東語を交えての会話の中、
発覚したのが彼女が日本語を勉強したことがあること。
そしてお互い猫が大好きだということ。
すると彼女が私のブログを携帯で見て、それを店内にいた男性に見せていました。
そしてその男性が私にこう話しかけてきたのです。
“うちで・・・個展やらない?”
“そろそろ仕事探し再開”と思い始めていた、そんな時期の出来事。
でもその思いがけない展開に、私はしばしその就活の延期を決めたのでした。
だって人生の中、自分の個展ができるチャンスがいつあるか分からない。
それも人が集うカフェ、そんな空間に自分の作品を飾れるのは夢のような話だったのです。
あれから1年半。
あと少し、あと少し・・・と自分の中で延期を繰り返し
気づけば想像以上の時間が流れていました。
つい数年前まではカフェなんて自分とは関係のない
ちょっとお洒落すぎるような空間。
珈琲やお茶は好きだけど、特別な知識や思いがあったわけではない。
自宅で台湾茶を楽しむのが一番だった自分が(それは今も変わりないけれど)
カフェに行くのがすでに日常の一部となっているのだから不思議なものです。
でも、最初の頃に訪れていた頃も
その後・・・そして気になるカフェを開拓している今も
一番の理由は“自分の場所探し”だったのだと、そう感じたりしています。
それは物理的にカフェの空間を楽しむというのではなく、
自分で探し、行ったことのない場所に行く冒険感を楽しみ、
カフェのスタッフに話しかけ、共通の会話を探し出す。
その全ての過程の中で、異国の街香港にいる自分の何かを見出す。
当然ながらここ香港で日本人である自分は外国人。
外国人であるために、特別に困ることや辛いことは幸いまだないけれど、
日本にいる頃と明らかに違うのは、そういう言葉や国の違いを当たり前のように意識する。
たとえば日本にいて日本人として生活する・・・・全てが当たり前のこと。
言葉が通じないとか発音が分からないとかいうこともない
誰かに“日本人ですか”と尋ねられることもない
目にすることも耳にすることも、日本のこととして当然に受け入れられる。
それはとってもとっても平和なことなのです。
外国の生活を楽しいと思うか辛いと思うかは、正直人それぞれです。
でも楽しいと思う人だって、日本で日本人として生活するよりは
多少なりとも肩に力が入ったり、日本ではなかった緊張感を感じることがあるはず。
どんなに言葉を操ることができても、通じ合えなくてもどかしいと思ったり
同時に寂しいと感じたことがあったはず。
今私の生活と活動の場は、全てカフェから始まりカフェに通じています。
そして広東語があまり上手でない私に、國語で親切に接してくれる、
カフェで知り合ったたくさんの友人たち。
でも異国の地でフリーランスとして活動するのは、実は容易ではありません。
正直いつまで続けることができるかわからない今の自分の活動、
それでもまた彼らのいるカフェに顔を出し、新しい会話の中で喜びを感じ、
行ったことのない店に足を運び、新しい出会いの中に楽しさを感じ、
“あと少し・・・もう少し・・・・”
と、こうやってまた明日の出会いを期待して、歩いていけるのかもしれません。
失って初めて分かるその大切さ・・・・という意味の中国語。
失うってちょっと後ろ向きな響きなので好きではないのだけど、
でも「当たり前」でなくなる・・・ということはよくあることですよね。
日本人として日本で生活し、日本語で話すのが当たり前だったあの頃。
日本での会話なんて100%問題ないはずなのに、
東京のお店で私はスタッフに話しかけただろうか・・・。
こんなに必死に相手との間に何かを見出そうとしただろうか・・・。
無意識にしていた自分の行動が、フト微笑ましく感じることもある今日この頃。
じゃ香港のカフェで何を探しているの?
と他人に聞かれたら、明確にその答えを伝えることはできないかもしれないけれど、
でもそれはきっと何年も何年も経った頃に分かるのかもしれません。
最近はカフェに行けば絵を描いていることが98%。
そしてその中で他のお客さんと会話が生まれ、笑顔が生まれ、
同時に“うまく伝えられなかった”と言葉の壁に涙することもあるけれど、
でもその空間の中で、毎回得るのは美味しい珈琲だけでないのは確かなのです。
カフェが欠かせない生活です。
なんて、あの頃の自分が聞いたら何を言ってるのかと笑うことでしょう。
日本にいる頃には行かなかったのにね。
そして今は帰るたびにまた東京のカフェに行くのですから・・・・
まだまだその答え、探し続けるとしましょうか。
【香港~6月】
平日:10:00~12:15 (佐敦)
3日(水)5日(金)8日(月)10日(水)16日(火)
17日(水)24日(水)26日(金)29日(月)30日(火)
週末:9:45~11:45 (太子)
7日(日)21日(日)
参加費:1回200HKD 2回390HKD 3回550HKD
※絵手紙コース 200HKD(1回)も受付中
by mangonaoko
| 2015-05-26 10:14
| 鴛鴦茶餐廳より